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ツアー通算41勝 “元祖ママさんゴルファー”森口祐子

ツアー通算41勝 “元祖ママさんゴルファー”森口祐子

写真/アフロ

日本女子ツアーには永久シード選手が6人いるが、ただ一人、一度も賞金女王になっていないのが森口祐子だ。ツアー通算30勝という条件には十分な41勝を挙げているが、樋口久子、岡本綾子、大迫たつ子、涂阿玉という強豪たちが先輩にいたこともあり、とうとうシーズンを通して頂点には立てないまま、今日に至っている。

出産前に19勝、出産後に22勝

永久シード選手ならではのエピソードはもちろん多いが、森口のすごいところは子供を産み、母になってからのほうが、優勝回数が多いという点だ。

1978年ワールドレディスの初優勝から数えて19勝を挙げた後、1984年2月に結婚。お相手は所属する岐阜関CCのメンバーで、トップアマの関谷均氏だ。結婚後、本人は家庭に入るつもりでいたから、3月には妊娠が発覚。当時はまだ妊娠中にプレーするなど考えられない時代でもあり、すぐに産休に入ったが、師匠である井上清次プロと夫の言葉で心変わり。長男を出産後、1985年にツアー復帰を果たした。

この年、いきなり日本女子オープンを含む5勝を挙げて周囲を驚かせた。ママさんプレーヤーすら珍しい時代に、強烈な強さも見せたことから注目を集めた。1986年には再び産休を取り、長女を出産。2度目にカムバックした1987年には、米女子ツアーと共催のマツダジャパンクラシックを含む2勝を挙げている。

デビュー2年目の1977年に賞金ランキング5位となって以来、1988年まで2度の産休以外は続けて賞金ランキングトップ10に入っている。当時、出産後も活躍する選手などほとんどいなかったため「森口さんのようにゴルフをしながら母親になりたい」という若い選手が増えたほど、大きな影響を与えた。

バスケットボールで鍛えた体力を生かし、1年半でプロテスト合格

富山県出身で、高校時代はバスケットボールに夢中になっていたが、卒業前にプロゴルファーになることを決意。師匠に教えを請いに行った際、当時最強だった樋口久子の名を出され、「樋口を倒したいか?」と聞かれた。わけもわからないまま「はい」と答えたのは有名な話だ。猛練習の甲斐あって、約1年半後にプロテスト合格。強風のコンディション下、45人中、ただ1人の合格だった。

一時は米ツアーに挑んだこともある。師匠は2002年に亡くなったが、存命中の1990年、岐阜関CCが舞台の日本女子オープンで見事に優勝し、師匠の目の前で錦を飾っている。

40歳になった1995年ころから、過労による体調不良や椎間板ヘルニアなどに襲われ始め、1998年には賞金ランキング54位で初めて賞金シードを失ったが、すでに永久シードを獲得していた。

2002年に腎臓疾患が発覚。手術を受け、約1年間ツアーを離れた。自分の体と心に問いかけながら、2003年にツアー復帰。テレビ中継の解説やレッスン番組での指導などを精力的にこなし、後輩の指導も行っている一方で、毎年ツアーでもプレーをしていたが、徐々にその数は減って、2014年ダイキンオーキッドレディスを最後にフェードアウトして、今日に至っている。

文/小川淳子(ゴルフライター) 

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