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ゴルフをスポーツビジネスにした立役者 アーノルド・パーマー

ゴルフをスポーツビジネスにした立役者 アーノルド・パーマー

写真/Getty Images

アーノルド・パーマーは知らなくても、赤・黄・白・緑と並んだ傘マークのワンポイントを知っている方は多いだろう。それほど昭和のワンポイントブームはすざまじいものがあった。アーノルド・パーマーブランドは、時代を超えて日本のファッション界で生き続けているのはご存じの通りだ。

IMG設立のきっかけをつくる

余談はさておき、アーノルド・パーマーを抜きにして現代の米ツアーの隆盛は語れない。ときは1950年代。カラーテレビが登場し、これが目にも鮮やかな緑のコースで行われるゴルフ中継にうってつけ。そこに超攻撃的なゴルフを展開するパーマーが登場し、爆発的な人気を博すこととなる。

現在、プロスポーツ選手がマネジメント会社と契約するのは当たり前になっているが、その先駆けとなったのもパーマー。大学時代、他校のゴルフチームにいたマーク・マコーマックが法律の専門家となり、ゴルフ以外の分野をサポートするようになった。1960年、IMG(インターナショナル・マネジメント・グループ)の誕生だ。

米国ではすでに法律家が俳優のマネジメントをして高額報酬を獲得している時代。そのビジネスモデルをスポーツの世界にも取り入れ、パーマーと二人三脚でビッグビジネスを次々に実現させていった。さらに“サッカーの神様”ペレ、女子のスター選手・ナンシー・ロペスらと契約したことで多くの企画が成功し、選手のマネジメントだけでなくイベントの開催まで手がけるようになっていく。

パーマー自身にとっても、契約や保険、税金対策などから解放され、ゴルフに専念できる点で好都合だった。賞金王4回、ツアー通算62勝の輝かしい記録を積み上げた。

“マスターズ史上最大のミス”で連覇を逃す

その内容はよきにつけ悪しきにつけ、ファンの記憶に刻みこまれるものだった。1961年にはマスターズ史上初となる連覇を目前にしながら、最終18番で右手前のバンカーから“ホームラン”。ダブルボギーをたたき、ゲーリー・プレーヤーに優勝を献上している。このプレーは「マスターズ史上最大のミス」として長く語り継がれている。

賞金王に「アーノルド・パーマー・アワード」とつけられたのも、パーマーが「ミスターPGAツアー」であった証である。1960年のシーズン前には「マスターズ、全米オープン、全英オープン、全米プロを制することがプロのグランドスラム」と宣言。しかしマスターズと全米オープンは勝てたものの、セントアンドリュースの全英オープンは2位に終わった。

翌年から全英オープンは2連覇したが、全米プロは1964年、1968年、1970年と2位になりながら優勝できず、生涯グランドスラムも達成できていない。

2000年にはプロゴルファーとして初めて、オーガスタナショナルGCのメンバー入り。2004年にはマスターズ50年連続出場の偉業も成し遂げている。

昭和のゴルフファンなら、“グリーンの妖精”ローラ・ボーと夫婦役で出ていたCMも忘れてはなるまい。パーマーは日本でも、傘ブランドを含めて馴染みの深いゴルファーの一人だ。

文/小川朗(ゴルフジャーナリスト)

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