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マスターズ名場面 サラゼンのアルバトロス

マスターズ名場面 サラゼンのアルバトロス

(写真・getty images)

世界で最も美しいゴルフコースといわれる、オーガスタナショナルゴルフクラブ(米国ジョージア州)で行われる春の祭典。それがマスターズだ。

マスターズの創設者は、「球聖」と呼ばれたボビー・ジョーンズ。ジョーンズは1930年にグランドスラムを達成して現役を引退すると、ゴルフを通じて知り合った多くの友人を招待し、自分のトーナメントを開きたいという夢の実現に動き出した。

ジョーンズは、ロバート・リー将軍(南軍の総司令官)以来となる、米国南部が生んだ国民的英雄。そのため、トーナメント開催地は南部以外の選択肢はなかった。オーガスタの街には、それ以前にエキシビションマッチで訪れたことがあった。その近くに元果樹園でコースに最適な場所があると知り出かけてみると「まるでコースにしてくれるのを待ち望んでいたかのような土地」(ジョーンズ)が広がっていた。

設計がアリスター・マッケンジーに決まった経緯は、グランドスラムの前年までさかのぼる。ペブルビーチゴルフリンクス(カリフォルニア州)で行われた全米アマを1回戦で敗退したジョーンズは、空き時間を利用してサイプレスポイントクラブを訪れ、コースを設計したマッケンジーに会う。その理念に感銘を受けたジョーンズは「将来、コースを作る時にはマッケンジーに頼もう」と心に決めた。

マスターズの前身であるトーナメントの第1回大会は1934年

1934年に友人の実業家クリフォード・ロバーツとの企画により、「オーガスタ・ナショナル・インビテーション・トーナメント」が開催された。この時、マッケンジーのマスタープランであるアウトとインは逆だったが、誤りに気づいたジョーンズが、2回目から現行の18ホールに入れ替えている。

その第2回大会、最終日の15番ホールで奇跡が生まれる。当時は485ヤードのパー5。ジーン・サラゼンがティグラウンドに立った時、クレイグ・ウッドが18番ホールでバーディーを奪い、通算6アンダーでホールアウトしたことを知る。

この時、サラゼンは3アンダー。残り4ホールで3打差はいかにもキツイ。しかも15番ホールは、マッケンジーをして「ここは2打でグリーンを狙えるが、完璧なショット以外は池に落ちる」と評していた。

ジーン・サラゼンのスーパープレーで大会の認知度がアップ

サラゼンはフェアウェイの右サイドに見事なドライバーを放つ。残りは池超えの235ヤード。しかしライが悪く、キャディーが差し出した3番ウッドから4番ウッドに替えて勝負に出た。ボールはグリーン上で2バウンドした後、ラインに乗ってカップに吸い込まれた。一気に3打を縮めるアルバトロス。ジョーンズを含めた約30人の観衆の大歓声は、風に乗って18番ホールのウッドの耳にも届いたという。

「ジョーンズと(ウォルター・)へーゲンという名手たちが証人になってくれただけに、すごくうれしかった」とは、サラゼンの述懐。上がり3ホールをパーで上がったサラゼンは、翌日36ホールのプレーオフを144ストローク対149ストロークで完勝。身長150センチそこそこのサラゼンが起こした奇跡は大きく報じられ、大会の存在が広く知られるようにもなった。この偉業を称え、今も15番ホールではサラゼン・ブリッジが選手たちを迎えている。

文/小川朗(ゴルフジャーナリスト)

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